気侭に
日ごろ考えている事、想った事などを気侭に書いて行こうかなと思います
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育児
高学歴=幸福では無い
高学歴=幸福であれば、もっとも学校や大学の勉強ができる者を頂点に
成績の順に幸福という事になる
低学歴でも幸福な人間は世界中に多く居る

高収入=幸福でも無い
高収入=幸福であれば、もっとも収入の多い人間を頂点に、収入の多い順に幸福だという事になる
低収入でもそこそこの生活で満足している人間は世界中に多くいる

持っていない者が貧しいわけでは無く、常にもっと求める者が貧しいと言える

自分より酷い生活をしていても満足している者もいる
自分より遥かに良い暮らしをしていても自分を不幸だと思い込んでいる者も居る





以上の事を考えて、幸福とは心が決めるものだという事が言える




愚か者は幸福がどこか遠いところにあると思い込んでいる
利口者は幸福を足元に育てる

-ジェームズオッペンハイム





今の自分の生活でも充分に、有る程度の幸福を確保できている事を自覚して
今確保出来ている幸福を大事にしようと思う人が、真の幸福に一番近い者だと言える

勉強をさせるよりも、心を大事に育てた方が、子供は将来幸せになれる
いくら高学歴でも、いくら高収入でも、家庭が荒み切っていたらその人は幸福とは言えない
いくら低学歴でも、いくら低収入でも、暖かい家庭を確保できていば、ある程度の幸福は確保できている

暖かい思いやりのある良い家庭を築けるかどうかは
学歴や経歴や収入よりも心や人格、性格が問題であるから

子供を幸福にしたいのなら
心を大事に育てるべきで、幸福に直結しない勉学は読み書きと算数程度を教えれば間に合う

算数程度を教えれば、専門的な事をしなければ生活に関わる計算には困らない
読み書きが出来れば、その時必要な勉強をする事は充分に可能である
将来必要と感じれば、子供はその時、自ら進んで勉強するようになるのだから
今、大事な心の教育をあえてしないで、無理やり学校の勉強させる必要は無い

子供が勉強をやりたがれば、その親は子供に対して勉強を好きにさせるよう促す事に成功した事になる

「勉強しなさい!」と叱りつけて親の思うように子供が勉強をするのであれば
こんな簡単な問題で困る親はこの世に存在しないだろう、これは単純に子供が勉強嫌いになるように仕向けているだけである

子供は水のようなもので、好奇心の向く方向、楽しそうだと思う方向に流れていく
そもそも子供は親の話す言葉を知りたくて、自分も話に入れて欲しくて、言葉を覚え切ってしまうほど知的好奇心が旺盛なのだから

「勉強は嫌な物、つまらない物」という世間一般のおかしな偏見や「勉強しなさい!」と無理やりやらせるような行為をしないで、親が子供に勉強を好きになるように仕向ければ、放置してもゲームをするのと同じくらい勉強に熱中するはずである


ただ、勉強は嫌な物という先入観や、勉強ばかりするのはがり勉、という弱弱しい格好の悪いイメージがこの世間ではどうしてもあるので、それを取り払って子供に勉強を楽しませるよう仕向けるのは至難の業だが、親の腕の見せ所でもあると思う




この子供の好奇心の水のような流れを親が無理やり押さえ込もうとすると
のびのび育つ事ができず、性格に悪影響すると推測する事ができる
子供は本来素直なものだがこういった場面で格差が生じてくる

親が認めてあげれば子供は自信を持ち、親が否定すれば子供は間違っていると感じ、自信を無くす

子供を過剰に認めてあげる事を日常的に繰り返せば自信過剰に成り得る
子供を過剰に否定する事を日常的に繰り返せば、子供は日常的に自信を無くし、否定される事を恐れ自発的な行動をし難くなるだろう

幼年期までは、子供から見た親というのは、他の誰の言葉よりも親の言葉を信じるという、絶対の存在なのだから、親の責任は大きい
子供は、正しい事をしても、親に叱られたり否定されると自分は悪い事をしたのだ、間違っていたのだと思い込む


勉強に関して、学校に任せていれば安心、塾に行かせていれば安心
と思っている親はとても本気だとは言えない
金を払えば子供は勉強するようになる、と信じているのと大差が無い


脳の構造を考えると、子供が自発的にか、親から強制的にか、というのが勉強だけでは無くスポーツや趣味に関しても身に入るかどうかに関して重要な問題である

親が子供に対して自発的に勉強するよう促す事ができないなら
基本的な学力を覚えさせて置き、将来必要と感じ、子供が自発的に学びだすまで待った方が効率的である

将来、法律家になりたいと思えばほっといても法律を勉強し出すし
将来、○○になりたいと思えば、ほっといてもそれに関連する物を勉強しだす
その勉強をするには、やる気さえあれば読み書きができれば充分である

それまでの時間は心に重点を置いて育児をした方が子供のためであろう
しかし、子供が暖かい家庭を築けるよう育てるのも、勉強が好きになるように育てるのも
どちらも子供の心を育てる問題であると言える
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テーマ:育児 - ジャンル:育児

コメント
この記事へのコメント
実際問題として、中年域になってから医学を志し始めた私がいるわけで・・・
まずは道徳教育をしっかりするべきだと思われ
2006/03/19(日) 01:16:43 | URL | じおんぐ #-[ 編集]
とりあえず、子供がやりたいと言ったなら、それをハナから否定せずにやらせてみる。
そうすれば、結果的にそれが失敗だったとしても子供は
「だからあの時親は反対したんだな」って理由が解るだろうしね
まわりから見たら明らかに無駄な時間と言えるようなものでも、本人がそこに気づく事ができたなら全く無駄な時間なんかじゃない。
むしろ親が子供を心配するあまり
危ない物から遠ざけ、触れさせないようにし

親が望むばかりの事をさせ続けていたら・・・
後になって子供は自我について疑問を持つようになるだろう
たとえそれが、親が子を愛するが故の選択だったとしても
したい事すらさせてくれなかった親に、不満を持つようになるだろう

色々若いときにやりたいことやって、たくさん挫折したことのある人の方が
人間的に魅力ある人になれると思う

なんか意味不明な文章になったけど
要するに育児とはいっても、子供を自分の分身の様に扱うのではなく
一個人として冷静に接した方がうまく行くんじゃないかなって事かな
2006/04/06(木) 00:17:32 | URL | oka #NSfhpzxM[ 編集]
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